「引越しをすることになりました---------・・・・・」
その言葉を聞いた跡部が顔を歪めたのが、少し嬉しかった。
名 前
隣の席で、たまに軽口を叩いたりして。
頭を小突かれたりした時には、
本当に嬉しかった。
楽しかった。
親の仕事の関係で、転校をすることになった。
あと少しで卒業なのに。
ここにひとり残ることは許されなかった。
肌寒い放課後、ふたりで教室に。
わたしは自分の席に座った。
あとべは窓際に寄り掛かっていた。
「なにマジメ腐った顔してんだよ」
この軽口ももう聞けなくなるんだな。
妙に感傷的な気分になる。
「あの、さ・・・・」
顔が上げられない。
机の上で組んだ手を見つめていた。
「引越し、することになったんだ」
言ってから少しの沈黙。
心拍数が早くなる。
何も言ってくれない跡部を見上げる。
跡部はさっきのわたしみたいに俯いていた。
「どこだよ」
「え------?」
「どこに行くんだよ」
「遠いところ」
北海道なんて言えない。遠すぎる。
「日本国内なんだろ?」
「それはそうだけど」
「なんだよ、近ぇじゃねぇか」
驚いて顔を上げる。
な、と言った跡部の顔はいつにも増して優しかった。
ずるい、ずるい。そんな顔するなんて。
もしかしたらもう二度と会えないかもしれないのに。
こんな風に淋しがってるのはわたしだけなんだ。
組んでた手が白くなるまで握り締めた。
寂しいって。言って欲しかったな。
「シケた面してんじゃねぇよ」
「だって・・・・・」
「国内にいればいつだって会えるだろ」
「でも北海道なんだよ?」
「俺の経済力をナメんな」
「・・・・・跡部のお金じゃないじゃん」
「そんだけ軽口叩けりゃ大丈夫だろ」
「」
「なに」
「余計ブサイクになるから泣くんじゃねぇ」
「う、うるさいな」
ぐしぐしと目をこすると、軽く笑い声が聞こえた。
横を向いた跡部の顔が綺麗だった。
離れてしまうなら、その横顔だけはしっかり覚えておこうと思った。
「ねぇ跡部」
「あん?」
「最後にさ、名前で呼んでもいい?」
「あぁ・・・」
そう言ってからいざ言おうとすると、気恥ずかしかった。
跡部がじっとこっちを見るから、顔が熱くなる。
「どうしたよ?」
「だって、恥ずかしい」
くくっと笑って、変な奴と言った。
「景吾・・・・・」
逸らされていた視線が戻る。
胸がちりちり熱くて痛い。
「電話でもメールでも何でもしてこい」
「うん・・・・」
「喧嘩相手がいねぇなら行ってやるよ」
「・・・・うん」
「名前なら何度でも呼べばいい」
「・・・・・うん」
跡部の手が頭に乗った。
たとえ恋人になれなくてもいい。
思いが実らなくても、それでも
特別な響きを含んだその名前を。
呼びつづけたい。