久しぶりに会った彼は、”男の人”だった――――









君のための何もかも










去年から同じクラスだった不二くんと、今年も同じクラスになった。これもきっと何かの 巡り合わせだね、と笑うと、不二くんはまるで桜が舞うように優しく笑った。前から 練習を見に来てと誘われてはいたのだけど、あのギャラリーの多さを見たら、2つ返事なんて 出来る筈もなかった。

「ねぇ、今度試合があるんだけど」
木漏れ日が温かい窓ぎわの席は、丁度正座占いが一位の時に席替えで当てたラッキーな場所なのだ。 一番後ろの席で、わたしはいつも外に意識を持っていかれっぱなしになる。今年の桜は、去年にも 増してとても綺麗だった。特等席を射止めた時から、その桜に心を奪われっぱなしだった。

そんな時決まって不二くんは遠く離れた席からわたしの所にやってくる。それは去年からの習慣に なっていて、わたしに取っても何の違和感も無い。

「いえ、今回も丁重に遠慮させて頂きます・・・・・」
手の平を不二くんに向けて、丁寧に断ろうとしたら、その手を遮られて不二くんは前の席に座った。 不二くんは自分がモテるという自覚がないらしい――とわたしは思っている。だっていつだって 周りの視線を気にせずわたしに近づいてくる。その度にわたしは周りを気にしないといけない。

苛めを受けるきっかけになってしまうかもしれないし、何より不二くんとの心地よい会話が無くなってしまうと 思うと、少し悲しい。だから誘われても、わたしは断り続けている。

「そう言うと思ったよ」
「うん、ゴメンね」
「でもね、今回ばかりは見に来て欲しいんだ」
「・・・・何か大事な試合なの?」
「うーん・・・・というよりは僕に取って大事な試合になるかな」
「不二くんにとって?」
「そう、僕にとって」

今年は去年にも増して綺麗な桜だし、不二くんともまた同じクラスになったし、 ちょっとだけなら見に行ってもいいかな。衝動的な感情に駆られて、初めてわたしは2つ 返事でOKを出した。そうすると不二くんはさらに笑顔を深めてよかった、と言った。


日曜日に学校に来るなんて、夏休みの補習以来だった。あの時は不二くんに勉強を教えてもらった のにも関わらず、風邪で試験を休んでしまうという大ドジをやらかしてしまったんだった。 そんな時だって不二くんはしょうがないよ、って笑ってたっけ。何だかお兄ちゃんみたいな 感覚だな、と思った。いつだって一定の距離を保って見守ってくれてた気がする。

相変わらず大勢のギャラリーがテニスコートを取り囲んでいた。グラウンド近くには大型の バスが止まっていた。きっと今日の試合相手なのだろう。バスの正面には、学校名が書いて あった。

「立海大附属・・・・?」

もしかして、とコートを振り返った。コートからは声援や、練習の掛け声が響いていた。 わたしは逸る気持ちを抑えて、コートに近づいた。コートの周りには、女の子や立海の生徒 がたくさんいて、とてもじゃないけど見られなかったから、少し離れた高台で見物する事にした。 青学のテニスウェアーがコートによく映えている。立海は太陽と同じオレンジだった。 その中に見知った顔がいないかどうかよく探した。

「あ、やっぱりいた・・・・精市くん」

前より少し伸びた髪の毛と、大きくなった体。優しい笑い方は変わらない。 部員と何やら話し込んでいるようで、こっちには気が付かない。一生懸命背伸びを してみるが、ここからじゃああの女の子達の頭に隠れて見えはしないだろう。

「よかった、来てくれたんだ」
何時の間に隣に来たのか、不二くんはあの柔らかい笑顔で立っていた。
「だって約束だもん」
「正直来るとは思ってなかったよ」
「そこまで非道な性格じゃないよ」
少し拗ねて見せると、「ごめんごめん」と言って不二くんは笑った。さっきまで 練習をしていたのか、少し汗をかいているみたいで、首から下げたハンドタオルで 顔を拭っている。

「彼、知り合いなんでしょ?」
不二くんは精市くんの方を向いて言った。
「精市くんの事?なんで不二くんが・・」
「うちには優れたデータマンがいるんだ。あっちも同様にね」
「あぁ、乾くんの事?でもどうして」
「どうして?それは終わってからのお楽しみだよ」
言ってから不二くんは人差し指を口に当てた。
腑に落ちなかったのだけど、背中を向けてコートに戻る不二くんにこれ以上 聞いたって無駄だって事は、今までの経験でよく分かってる。だからわたしは じっとこの試合を見てるしかないんだって事も。


公式試合ではないのだと聞いて、よく見てみれば普段パートナーを組んでる 相手同士が違う。桃城くんと・・・・・河村くん、か。すごいパワー試合になりそう。 あっちは、外人・・・かな?と赤い髪の人。思った通りお互い物凄い試合になった。 見てるこっちまで力んでしまう。この試合は立海の勝ちで終わった。

次に海堂くんと乾くんだ。そう言えば前に組んだことあるって不二くんが 言ってたっけ。相手はメガネの人と、銀髪が綺麗な人。海堂くんの技は何時見ても すごいな。あんなにボールがカーブするなんて。あ、すごい!海堂くん達が勝った! 手を叩いて喜んでいると、その動きは止まってしまった。不二くんがコートに出てくる。 不二くんは相手チームの所まで行くと、精市くん達と話をしていた。そして精市くんと 不二くんは連れ立ってコートに出て来た。不二くんは知ってたのかな。わたしと精市くんが 知り合いだったって事。わたしの父と精市くんのお父さんが友達で、その関係で時々 幸村家と夜ご飯を一緒に食べたりするんだってこと。そして密かに、彼に恋心を抱いていた事 を。けど誰にも言っていなかった。東京と神奈川ではとても遠いし、父親を通しての知り合いだけの 精市くんには、きっとそんな感情はないのだと思っていたから。だから誰にも言わなかった。

前に遊びに行った時は、3ヶ月前だった。まだ風が冷たくて、春なんて遠いあの季節。 精市くんは話してくれたっけ。部長になれそうなんだ、って。とても嬉しそうだった。 あれから3ヶ月しか経っていないのに、精市くんは前よりとてもたくましくなったような 気がする。

2人はコートに向かい合って立つと、揃ってわたしを振り向いた。そんな事予想も していなかったから、息をするのも忘れていた。不二くんは何時もの笑顔でいたし、 精市くんは、見たこともない真剣な顔だった。男の人の顔だった。

2人は初めから激しいラリーを繰り広げていた。ボールを目で追うのも難しい 程、早い打ち合いだった。不二くんが点をとれば、精市くんが取り返す。 その繰り返しで。勝負は一向につかなかった。

「やめい!やめーい!!」

竜崎先生の声で、試合は止められた。周りもその空気に呆気に取られてた。 不二くんと精市くんは握手を交わすこともなく、それぞれのベンチに戻った。 コート内に重い空気が立ち込めた。そこで一度休憩が入った。生徒達が思い思いの 場所に散っていく。

わたしはそれを見送ると、少しだけ暗い気持ちになってしまい、桜の下を歩こうと決めた。 きっと不二くんは精市くんとわたしが知り合いなのだと知ってて、わたしを呼んだのだろう。 だとしたら、どんな理由があったんだろう。雪のように舞い落ちる桜は、まるで花が唄っている かのようだ。

!」
聞き覚えのある声に、振り向いた。桜に隠れるようにして、精市くんは立っていた。 隣には不二くん。どうしてこの2人が一緒にいるのか。理解できずに二人を交互に 見つめた。不二くんの笑顔には少しだけ曇りがあった。

「ごめんね、無理矢理誘ったりして」
「え、いいけど。どうして精市くんと不二くんが?」
「驚いたよね、実は不二に前から言われてたんだ」
「なにを?」
「今日の試合で僕と試合して欲しいって」
そう言って精市くんは不二くんを見た。

「僕がもし幸村に勝つ事が出来たら、さんに言いたい事があったんだ」
「言いたいこと?わたしに?」
「うん、でも随分前から分かってはいたんだ」
「わかる・・・・って何を」
「君が僕の思いに振り向く事はないってね」
「―――え・・・?ちょ、ちょっと待って」

じゃあ今まで不二くんが練習を見に来てと言っていたのも、宿題を手伝ってくれたのも、 休み時間の度に会いに来ていたのも――――

「あの・・・・・ゴメン」
「やっぱりね、気が付いていないとは思ってたんだ」
「そんな風に思ってくれてるなんて・・・・・思ってなくて」
「いいんだ、これで決心がついた」
わたしは言うべき言葉が見つからず、俯いた。

さんがコートに来た時、真っ先に探したのは僕じゃなかったから」
不二くんは泣き笑いのような顔をした。
「潔く身を引くのも大事だしね。なにより」
精市くんをちらりと見ると、不二くんはやっといつもの顔で笑った。

「僕の方が幸村より近い距離にいることだし?」
「言ってくれるね、不二」
不二くんは精市くんの肩をぽんと叩くと、コートの方に戻って行った。

その後ろ姿を見送ると、精市くんは桜の花に目をやった。
その目は慈愛に満ちていて、とても綺麗だった。

「ねぇ、知ってる?」
「・・・・え?」
「春には稀に雪が降る事があるんだって」
「雪・・・・?」
「その雪にはね、不思議な力があるんだよ」
「不思議な力かぁ・・・・・」
「今日の桜吹雪は雪みたいだね」
「―――うん、すごく綺麗」

「心配だったんだ」
精市くんはまだ桜を見上げたまま。
「僕らが会うのは父親の都合だけでしょ?」
「うん、そうだよね」
「本当はね、何度も会いに行こうと思ったんだ」
精市くんは見上げながら目を閉じた。

「けど不安で・・・・にとって迷惑な事だったらって――」
「そんなこと!そんなこと・・・・・・あるわけないよ」
ずっと桜を映していた精市くんの目は、ゆっくと降りてきて、わたしを見つめた。

「迷惑だなんて・・・・思うわけないじゃん」
「・・・は優しいね」
「別に同情とかで言ってる訳じゃないよ」
「うん、そうなら僕も悲しいし」
「分かってるくせに言わないで」

一枚の花弁が精市くんの目の前を通り過ぎた。
それすらも彼を飾る一部になってしまう。
そしてわたしは只々それに見惚れてしまう。

「願い、叶えてくれたね・・・・」
太陽の光に透けて、白く映る花弁は、きっと願いを叶えてくれたんだ。
遠く離れた君の所まで、きっと届いていたんだ。


「好きだよ、


温かい風に乗って、二人の間にも春が訪れた。
触れるように繋いだ手。
少し伸びた君の髪の毛に、太陽色に染まった花弁が舞い降りた。

心躍る桜の下で――愛を誓う。



















如月様からのリクエストでした。
幸村vs不二の幸村勝ち・・・。というリクエストだったのですが、
勝ちという時点で試合にしてしまった単純な頭。
如月様のみお持ち帰り可です。














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