ほとぼりの冷める頃 噂から始まった恋に、喜びを感じる人なんているんだろうか。 どこから火が点いたのか、わたしは跡部景吾と恋人同士………らしい。 らしいというのは、噂だから。 彼とは友達とも言えない間柄だ。 何せ一度も話した事がない。 その噂を詳しく聞いてみれば、何て事はない。 わたしが跡部景吾と屋上で…………。ということらしい。 友達が羨ましそうな目で話してくれたのだけれど、 生憎わたしにはそんな覚えはない。 廊下を歩けば興味の目で見られ。 ひそひそと話す声が聞こえる。 わたしは露骨に嫌な顔をして、屋上に向かった。 ドアは前から壊れているらしく、錆びた音を出して開いた。 冷たい風にさらされるのは嫌ではない。 気持ちがしゃんとする気がする。 フェンスに寄りかかって、ため息を零す。 ポケットに入れておいたタバコには、最後の一本が。 口にくわえた時、嫌な所に来たと思った。 「---------だっけか?」 ライターを忘れた事に舌打ちをして、その人を睨んだ。 そんな事は気にも止めずに、近づいてくる。 「なにか用?」 見かけによらず背が高いんだ、なんて思っていたら目の前に立った。 「俺にも一本くれよ」 「お生憎様、ライターないの」 バカにしたように鼻で笑うと、わたしの横に座り込んだ。 「お前聞いたか?あの噂」 「聞いたよ。あんなはた迷惑な噂。誰が流したんだろ」 「さぁな……」 「第一わたしあんたと話した事すらなかったのに」 「ひとりの女が……」 「なによ…」 聞けと目で制して、跡部は話を続けた。 「眉目秀麗な男に告白した。だが男はきっぱり断った。 俺には女がいる。それでも女は食い下がる。そして男は言った。 俺にはアイツだけだ。何なら証明してやってもいい。今日の放課後屋上に来い」 「それで………?それがわたしと何か関係あるの?」 「お前もそこまでバカじゃねぇだろ?」 不吉に笑って、いきなり立ち上がると無理矢理キスされた。 その瞬間に聞き覚えのある音。 ドアが開く錆びれた音。 抵抗しても解放されることはない。 ドアの向こうで女の子が息を呑むのがわかった。 「ちょっ……!」 胸板を押し返して、跡部を睨む。持っていたタバコは落としてしまった。 跡部は口についたグロスを指で拭うと、また笑った。 「信じらんない!!」 手が震えているのが分かる。それくらいむかついていた。 「口寂しかったんだろ?」 落ちたタバコを指さして、嫌味に言った。 そんな理由でタバコを吸っていたわけではない。 「ほとぼりが冷めたら噂が本当になってるかもな」 ひらひらと手を振って、背を向けた。 その時に悟った。噂を流したのはアイツだ。 何か罵声を浴びせてやりたかったのに、声が出なかった。 屋上から落ちたタバコを投げ捨てて、フェンスを叩いた。 あんな奴に惚れたりするもんか。 ほとぼりが冷めたら、笑ってやる。 あんたの1人芝居だったわね、って。 口に残ったアイツの感触が忘れられないなんて----死んでも言わない。
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